カトマンズからヒマラヤ越えのマウンテンフライト  2010年2月中旬

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5.ネパール・カトマンズ観光(6,7,8日目)

  中国側の道路と違い狭く舗装も不充分な道を、転げ落ちる様にカトマンズに入って来た。 ガイドと運転手は国境付近の商店で買い物をしながら。
 何故なら中国品がカトマンズ市内より安いからだ。加工食品、衣類、洗剤、工業製品、等などあらゆる物が入って来ていた。
  ”木綿花”や”菜の花”が咲く春爛漫のネパール。昨日までの空気も水分も薄い無味乾燥地帯 とのギャップが甚だしい。市内の人混みや観光客相手の商店を
 覗いていると、”俗世間”と感じてしょうがない。
  ネパールは貧しい国だがチベットからの亡命者を万人単位で受け入れ、彼らの為のチベット仏教 寺院も建立しているそうだ。
 臨時に軍政が敷かれ民主化デモも発生している。中国へ戻る最終日の午後には 大規模なデモが発生しフライトも混乱した様だ。

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国境付近の菜の花畑 昼飯の飯屋 白ワゴンが我々の車 木綿花 台湾赴任時に初めて見た木 飯屋の姉ちゃん 半袖だ!
バスの屋根にも乗客が 一面の菜の花畑 ホテルのテラスから 空気が悪い 水晶クラスターを買ったので1枚
スワヤンブナート 苺売り あちこちの道ばたで食事 カトマンズ市街(盆地) 集中力に欠ける僧侶目線
物乞い  至る所に バタンダルバール広場 若者の説法か? 大勢が聞いている OLか?
水くみ場 水道は普及していない 物売り少女 赤大根か蕪か お供えのローソク売り場 この子達は豊かな階級でしょう
寺境内での食事内容 ”ナマステー”は挨拶の聖なる言葉 台湾では5人乗りも見た 踊りを見ながらの夕食
手で食べたが完璧 ボダナート チベット仏教寺院 参拝者はチベット亡命者 此処だけでも相当数のチベット人
パシュパティナート 火葬場 この河で沐浴を始める 此処が通学路 バスを降りた時は躊躇した
ガイドの青年も此処で焼かれると この河で洗濯 制服で通学 富裕層のはず 此処も火葬する台のはず
出勤のOLかな 河の水で遺体を清める 自分がシバ神と信ずる”ババ” チベットと違い木が有るので火葬

6.ヒマラヤ・マウンテンフライト(8、9日目)

   ヒマラヤを越えるフライトは夢だったが実現。観光のマウンテンフライトとカトマンズ−ラサの国際線からの景色。
 観光飛行の高度はエベレストの頂上より低く、国際線は遥かに高いので視界が全く違う。
   国際線は左窓際(エベレスト側)を取りたかったが考えは誰も同じ、事前の根回しで確保されていた。 幸い、中国から仕事で来ている小母さんが窓際席を譲ってくれた
 ので付近の乗客と交代で撮影できた。この価値はエアーチケット代どころではない。最高!。

AgniAir 行き先は”Mountain” 観光フライト 座席から 観光フライト コクピットから 国際線 離陸直後
MELUNGTSE(7,181m) マカルー(8,463m) 第5位 チュ・オユー(8,201m) ギャチュンカン ヌプツェ、エベレスト、ローツェ
エベレストとローツェ エベレストとマカルー マカルーの東からヒマラヤ越えフライト エベレストから西のヒマラヤ
カンチェンジュンカか? エベレストの東のヒマラヤ マカルーのピークか エベレストの東壁 左がローツェ
ヒマラヤ越え終了 西方向で逆光に 最後のエベレスト ヒマラヤの北東 チベット高原 雪山は6,000m以上
河と湖 結氷 チベット高原の集落 チベット高原の集落 ラサ直前の雪山
ヤムドク湖 トルコ石の碧 カンパラ峠付近の中−尼公路 ラサ盆地周辺の山 風化した砂 マウンテンフライトのアテンダント

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